いちじく Feed

2016年11月 8日 (火)

立冬すぎて

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冬の気配が濃厚です。
冷たい雨。
午後から4時間も眠ってしまいました。
目が覚めると薄暗く
ハルカスには雲がかかって灰色です。

去年のいまごろは
いちじくに毎日点滴をしてた。
いやがらずよくがんばってくれた。
いちじくがいないことには慣れたけど
わらびも大きくなったけど
いちじくを思わない日はないなあ。
そんなあれこれが巡ります。

思うたび、さみしい。
だけど、しあわせでもある。
やさしい出会いに感謝して
胸に住むいちじくと
いつもずっと一緒にいるのです。




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Banner_02祈りたいことがあると、ねえいちじくと聞いてもらうのです。


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2016年6月22日 (水)

いちじくの実がつきました

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じめじめです。
むしむしです。
昨夜もどんより雲が空を覆って、まあるい月を拝むところではありませんでした。

キリが刺さってぐにょっとしたような痛みを誘発しない角度がわかってきて、自然にかばうようになって、少しだけマシだわ、なワタクシです。
でも、洗濯と掃除をやってしまうと、ちょっとしばらくは手を動かしたくない。
そんな今でごじゃります。

ベランダの端っこにあるいちじくに
今年も実がついています。
けっこうな数です。
いちじくに必要なのは、水!
とにかく毎日水を欲しがります。
いちじく畑を持ってる人たちは大変じゃないかしらんと思うくらいです。

いちじくといえば、そりゃあいちじくです。
いちじくがなくなって、もう5か月が過ぎました。
慣れたくなかったけど、いちじくがいない生活もふつうになっています。
夢にもちっとも出てきてくれません。
以前は悪夢の中にも付き合って一緒にいてくれてたのに、です。

いちじくを思うと胸の奥でかたまりが熱をもちます。
ああ、ここにいるのね、とわかります。
このかたまりだけは、ずっとここにあってほしい。

今日は午後、リウマチのクリニックに行かねばなりません。
いちじくに花を買って帰ろう。

ベランダのいちじくの木、地植えにしてあげたいなあ。

Banner_02背中がじっとり汗です〜〜


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2016年3月 5日 (土)

いちじく四十九日

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今年のうぐいすはとても美しい声でよく鳴くのです。
朝の穏やかな空気をやわらかく響かせて
得意げな歌声は頬を緩ませます。
しばらく窓を開けて聞き入っていました。

いちじくがなくなったのは1月17日
今日は四十九日。
あれからもう四十九日も経ったのです。

ただたださみしく
たった3kgの小さなからだがどれだけ家の中で大きかったか
がらんとしてしまったわたしの部屋
寒々しく感じるリビング
わがままが足りない日々
いちじくがいない日々
それを繰り返しているうちに慣れつつあるいちじくのいない生活です。

いないことに慣れてくるとともに
いないいちじくと一緒にいる感じが強くなってきました。
いちじくはわたしをなぐさめます。
いちじくはわたしをはげまします。
いちじくはわたしによりそいだまっています。
さみしがるわたしのそばにいるのはいちじくです。

早朝4時頃でした。
いちじくが苦しがってつらかった時刻。
最近ではあまり起きることもなくなっていた時刻。
わたしが目覚めるとともに、くぬぎも起きたのです。
布団から抜け出てわたしの左横にきちんと座ってどこかを見ているような気がしました。
気のせいなのです。
わたしがいちじくに会いたい、気配を感じたいだけなのです。
座っているくぬぎの額をなで、頬をなで
いちじくの重さを思い出しているうちに、
また眠ってしまいました。

3月5日、啓蟄です。
「春にゃー」
目を細めるいちじくのそよぐ風をすんすんする顔が浮かびます。


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2016年2月24日 (水)

四六時中いちじくを思うこと

晴れると陽射しがとても明るくて
外が寒いんだってことを忘れてしまい
今朝もおっちゃんはマフラーをせずに出かけようとしました。
「まだ冷えてるわー」って
そりゃそうです。
くすす。

月曜日の夜に稲葉さんのライブを見て聴いて
火曜日、小妹はよろよろ仕事に行ったはず
わたしはいちにちどろどろ〜〜っと寝ていました。
おかげで今日はもう大丈夫。
ロクロ引きしたカップなどを仕上げました。

エビリファイを1包から四分の三へ減らしたけれど
辛くもなく、この時期としてはじゅうぶんやれています。

そうやって、ふつうに暮らしていながら
わたし、四六時中いちじくのことを考えています。
そうしようとしてるわけじゃなく
自然と浮かんでくるし、視線が探してしまうんです。
そうしながら、いちじくがいたころとそんなに変わらない暮らしをしている。
不思議なものです。
振り向いたら、いちじくが立って水を飲んでるんじゃないかと思い、わかっているのに振り向いてみる。
いない。
うん、いない。
ソファのうえにも、いない。
わかってる。
ね、いちじく。

掃除をしたり洗濯をしたりごはんを食べたり
本を読んだり、パソコンに向かったり
そのふつうのことの四六時中に
いちじくに会いたいと思うのです。

2016年2月17日 (水)

いちじくが逝ってひと月

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22日の月曜日
わたし、小妹と一緒に神戸にゆくんです。
B'zの稲葉さんのソロライブ。
くじ運の悪いわたしなのにSS席が当たりました。

ライブに申し込もうか悩んだのは夏のおわり。
いちじくの具合が悪いかもしれない、予定を入れておくってよくないかもしれない、どうしよう。
ううん、そういう考え方をするのはやめよう、いちじくはきっと冬を越せるはず、だから大丈夫。
そう思って申し込んだチケットなのです。


いちじくがなくなって、今日でひと月です。
あれからもう一ヶ月。
あんなにつらくて悲しくて苦しくて、たぶんこの上なくしあわせでもあった
いちじくから離れずに過ごした時間の痛みが遠ざかります。
さみしい、さみしい。
いちじくがいないのがさみしい。
いちじくがいないことに慣れていくのがさみしい。

こころの中にさみしさの灯火がともっています。
いつもそっと静かにあるので、
わたしはどこでもそれを感じることができます。
さみしいなぁ。
灯火はつめたくない。
さみしいなぁ。
灯火に風はふかない。

このきゅぅっと泣きたくなるようなさみしさを
大事に大事にしていこう。

ごはんをおいしく食べて
楽しく笑って
くぬぎをぎぅぎぅして
22日は稲葉さんに会ってきます。


Banner_02もう悲しんではいないんです。


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2016年2月 2日 (火)

あきまへんなぁ

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NHK朝ドラ「あさが来た」で、あきまへんなぁと新次郎さんが言いました。
へぇ、あきまへん
ほんま、あきまへん
どないしようもありまへん
さみしぃてさみしぃて
たまらんのだす
はぁ

とまあ、そういった感じのワタクシでございます。
いちじくがいない
いちじくがいない
いちじくが、おらん
さみしいよー
日がたつにつれ増えてゆく、いちじくがいないと思ってしまう瞬間が身にこたえます。
旅行に出たり、入院したり、長く離れていたこともありましたから
いま、ほんとにいなくなったんだ…とからだがぎしぎし、悲鳴をあげてるようです。

全部味わおう。
あれもこれもそれもぜーんぶ。

パソコンのデスクトップに
いちじくの立ち飲み写真がありました。
10月のなかごろのものです。
いちじく、きれいだな。

くぬぎが、とにかく世話がかからないのです。
トイレはきれいに使うし、カリカリも散らさない
あれしてこれしてくれへん?なあ、はやく〜〜なんて言わない
昼間はよぉく眠っているし(そこそこシニアのくぬぎです)
いちじくがいなくてさみしぃねぇとぎぅぎぅしても
「ボク、そうでもない」と言いたげのごろごろごぉろ♪

さみしがっていてもしかたがないので
さみしがっていないくぬぼんと
お昼寝をすることにします。


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2016年1月30日 (土)

いちじくがいないのに

よく降りましたね。
昨日は朝から夜までざざ降りで
天気の悪さに参ってしまい
陶芸教室を休み、午前中はぐぅぐぅ眠り
午後も横になってとろとろ眠っておりました。

困ったことに
このところずっと、午前4時ごろに目が覚めてしまうのです。
あっ、いちじく…しまった眠りこんでしまった…と焦って起きる。
声が聴こえるとかではないです。
夢を見てるわけでもない。
時計を見ると4時。
どきどきして、ああ、違うのにと思う。
それからしばらく眠れないのです。

いちじくがなくなる前の数日間
いちばん具合が悪くなっていた時間が同じ4時ごろで
覚悟しながら過ごした時間帯が
刻まれてしまったのでしょう。

これ、参ります。
ぐったりしていしまい、朝、起きるのがつらい。
睡眠不足になるので、取り戻すまで外にも出られません。

いちばん苦手で体調が悪くなりがちな季節でもあり
エビリファイを増量せず2分の1包のままでいることでもあり
しんどくても当たり前。
だけど、このまま続くなら、考えなくちゃいけないだろうと思っているのです。


Banner_02目が覚めてもすぐ眠れたらいいんですけど〜〜


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2016年1月27日 (水)

うしろを向いていたい

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お友だちが10年前に撮ってくれたいちじくの写真をきれいに引き延ばし、額装して送ってくれました。
まだ7歳だったいちじく、この写真から10年も生きたいちじく。
くぬぎが「いちじくちゃんだ…」とじぃっと見入って
額のうしろをのぞきこんだのがとてもおかしかったです。

もう10日も過ぎようとしています。
18日、いちじくを火葬に見送る際、泣きわめいたのを最後に
わたしの涙腺はぱたりとふたを閉じてしまいました。
泣きもせず、叫びもせず、ときどきいちじくの名をつぶやくだけです。
食べてもいるし眠ってもいます。
ふつうに暮らしているといっていいです。
いちじくがいないだけです。

あのとき
いちじくが息を引き取ったとき
わたしの世界もおわってしまえばいいと思った。
でも、粛々と時は流れてゆきます。
今日はまた昨日になり、明日はすぐに今日になる。
あのときはどんどんうしろへ遠ざかり
わたしの手のひらは、いちじくの感触をきっと忘れてしまう。

立ち止まっていたい。
10日前に戻りたい。
20日前に戻りたい。
1ヶ月前に、いや1年前に戻りたい。
明日のいちじくに会えるときに戻りたい。

道は前にしかないのはわかっています。
昨日さえすでに遠く
わたしは今夜を眠るのです。

2016年1月25日 (月)

一週間おくれの通院日

いちじくを妙像寺で荼毘に付した日は通院日だったのです。
薬はストックがじゅうぶんにあるので、診察をキャンセルし一週間延ばしてもらいました。

なんという寒い朝でしょう。
全国的に荒れ模様、大雪で交通も乱れています。
だけど大阪市内は雪も降らずいいお天気です。
ヒートテックを重ねて、防寒万全。
クリニックまでおっちゃんが送ってくれました。
リウマチのクリニックにも行かなければなりません。
昨年末に生物学的製剤の注射を打ったきりなのです。
ぢつは痛いのです。

受付を済ませてから、リウマチクリニックにゆき
先生には、順調で変わりありませんと言い、注射を受け処方箋をもらってきました。
少し時間があるので、ハルカスのジュンク堂に寄り、本を買い、クリニックに戻りました。
珍しく待ち時間が少なかったです。
先生に先週キャンセルしたことをあやまると
「悪いことでなければいいんです」とおっしゃる。
愛猫がなくなりましたと告げると
「ああ…」
ずっと家で点滴を打っていることも告げていたし
わたしがかわいがっていることも、助けられていることも知っているので、たいそう困った顔をされました。
問われるままに、年末からのことを話すと
「よくがんばりましたね」と言われ、そうだなぁと思う。
ありがとうございます、がんばりました。

「通常ならすでにエビリファイを1包にしているところですが、2分の1包のまま、よく眠るようにしてください。ホッとしたところで大きな発作が起こることはありますからね、注意してください。スケジュールを詰めないこと」
はい、胸が苦しかったりして眠りにくいときはホリゾンを飲むと、緩みます。レスリンはさっぱり効きませんでした。ホリゾンには助かりました。
舌の左側を切っていた日があります、発作だったかどうか、わかりません。
「引き続き、そうやって眠ってください。少しぼんやりするくらいで、よく休んで」
わかりました。
さみしくてたまりませんが、ひどく落ち込むようなことはない、と思います。

処方薬局でも「先週はどうされました?具合、悪かったですか」と問われました。
じつは、わたしの猫が…と告げると、薬剤師さんのお宅のワンちゃんが14歳で闘病中ということ
深々と頭を下げ弔意を示してくださいました。

手足が痛み、歩くのがつらい日でした。
注射が効いてくるのはもう少ししてからです。
帰宅すると3時間ほど、泥のように眠りました。

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2016年1月24日 (日)

いちじくがいない

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コメント、メッセージをくださったたくさんのみなさま
ほんとうにありがとうございました。
いちじくもわたしもしあわせものだと思い
ありがたくありがたく読ませていただきました。


ブログを休んでしまいました。
ふつうに家にいるのに、こんなに更新しなかったのは10年以上いちじく日記をつけていてはじめてです。
小さくなったいちじくは届いたお花たちに埋もれています。
くぬぎは、2日ほど落ちつかない不安げな様子でしたが、
ん?ちゅんたろーを独り占めやーーんと、しっぽをぼふぼふにふくらませて
甘えん坊将軍、のびのびとわたしに甘えています。
ちょっとはいちじくのこと悲しもうよぉ、と言いたいくらいです。
くすす。

わたしは
わたしはふつうに暮らしています。
夜はびっくりするくらいよく眠れています。
いちじくが、ばんばんと顔を叩くこともあぅ〜と呼ぶことも布団に入れてほしいのにゃと左腕をこっちにちょうだいにゃと言うこともないので、ぐっすりなのです。
昼は向き合えば10歳のくぬぎは立派なシニア猫で、ぐぅぐぅ眠りっぱなし。
本を読むにもなんとなく集中できなくて、ぼぉっとして、少し眠ったりしているうちに夕方になります。
金曜日は陶芸教室にも行きました。

ふつうにしていればしているほど
いちじくがいないことを知らされます。
いちじくと暮らしたのは15年間。
旅行とクリニックに行く以外ほとんど外出をしないわたしです。
ほぼ24時間まるごとずっといちじくは手の届くところにいて、
眠っていてもわたしが動けばちらっと見る、ついてくる。
夜は一緒に眠る。
いない。
いちじくがいない。

「いちじくはずっとそばにいるよ」
「ちゃんと生活しなさい」とおっちゃん。
わたしも頭ではわかっているのです。
介護もできた、看取ることもできた、もうどうしようもなかったしかたがなかった、そこに後悔はないのです。
でもそういうことじゃない。
臓腑をぐるりとえぐられて、そのままふつうに暮らしているような
いちじくがいない。
いちじくがいないということの中にいます。

くぬぎには聞かせられないので
シャワーを浴びながら
いちじくの名前を呼ぶのです。

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