よろり上海*4 山塘街へ運河クルーズ

「ここが蘇州の城の西の門のひとつ胥門(ショモン)、歴史、古いよー」
蘇州を都としたのは紀元前6〜5世紀の春秋時代の呉の国。
呉越同舟、臥薪嘗胆の舞台です。
司馬遷の「史記」だー。
でも、中国の歴史は古すぎて広すぎて記述が大げさで細かすぎて、よくわからなーい。
くすす。
「東洋のヴェニス」といわれているけれど、ヴェニスよりずっと古い街です。

「呉の偉かった人よ、総理大臣みたいな人よ、城壁を築いてこの街をデザインしたのが、この胥さんね」
ガイドのちんさんが熱弁をふるってくれましたが、どうもよく伝わってきません。
この大男の像の伍子胥(ごししょ)は楚の名家の出の人です。
父兄を楚王に殺され、復讐をちかって、呉で王をたすけ政治力をふるい、楚を討ちます。
恨みの楚王の墓をあばいて鞭打った「死者に鞭打つ」の激しい伍子胥です。
呉の王が夫差の代になると、うるさい強面じいさん伍子胥は次第に疎まれ、自害に追い込まれます。
「私の目玉を門にかかげよ、呉が越にほろぼされるのを見られるように」と言い残したように
伍子胥の死後、呉は越にやられてしまいました。
目玉をかかげよといったのは東の門らしく、ここではないようです。

城壁の外側を流れる運河です。
同行10名の貸し切りちびた舟で、さあ、出発。

長くなった日がまだ残っています。
ぼちぼちと灯りがともりはじめました。

いい気候です。
風がとてもここちよい。
運河のほとりでは
散歩をしたり、おしゃべりする人があづまやに集っていたり
ゆるい時間に流れていきます。

城壁はとぎれとぎれに残っているようです。
薄暗い中、ぼぉっと見ることができました。

「蘇州は橋の博物館、いわれてるよ」
ひとつずつデザインの違う橋をくぐります。
上海にならい、こうやってライトアップするようになったそうです。

うわぁ、きれいだなぁ。
舟がいったん止まりました。
広い運河はここまでです。

狭い運河にはいると雰囲気がぐっと変わります。

ゆらり、ゆうるり。

左右の岸の生活の気配が、すぐそこです。

開け放った古いすかしの窓
なにかのお店らしい。

「山塘街です。あと少しでおりますから」
写真を見ていただきたいので
次回へつづきます。。。。
伍子胥は2mをこえる大男だったそうです。2500年も前のおとこの像なんて〜
















































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